学習の仕組み:事前学習とファインチューニング
「LLMはどうやって賢くなるの?」「なぜChatGPTは様々な質問に答えられるの?」その秘密は、事前学習 と ファインチューニング という2段階の学習プロセスにあります。これは、人間が「基礎教育」を受けた後に「専門教育」を受けるのと似ています。この記事では、LLMがどのように段階的に学習し、高度な能力を獲得するのかを分かりやすく解説します。
人間の学習プロセスとの類似
はじめに、人間の学習プロセスとLLMの学習プロセスの類似点について紹介します。
■人間の段階的学習
人間は 段階的に学習 を進めます。まず基礎的な知識を身につけ、その後に専門的な知識を学びます。
たとえば:
- 基礎教育:読み書き、基本的な数学、一般常識を学ぶ
- 専門教育:医学、法律、工学などの専門知識を学ぶ
- 職業訓練:実際の職場で必要な具体的なスキルを学ぶ
この段階的な学習により、人間は幅広い基礎知識を持ちながら、特定の分野で高い専門性を発揮できます。
■LLMの2段階学習
LLMも人間と同じように 2段階の学習 を行います。
たとえば:
- 事前学習(Pre-training):大量のテキストデータで基礎的な言語能力を学習
- ファインチューニング(Fine-tuning):特定のタスクに特化した能力を学習
要するに、LLMは「言語の基礎」を学んだ後に「特定の仕事」を学ぶという、人間と似たプロセスで賢くなっているのです。
事前学習(Pre-training)とは
次に、LLMの第1段階である事前学習について説明します。
■事前学習の目的
事前学習 とは、大量のテキストデータを使って、言語の基本的なパターンを学習する段階 です。これは、人間が子供の頃に言葉を覚えるプロセスに似ています。
たとえば:
- 子供:「おはよう」の後には「ございます」が続くことが多い、ということを経験から学習
- LLM:「おはよう」の後には「ございます」が続く確率が高い、ということをデータから学習
■学習データの規模
事前学習では 膨大な量のテキストデータ が使用されます。
たとえば:
- 書籍: 数百万冊の書籍データ
- Webページ: 数十億のWebページ
- Wikipedia: 多言語のWikipediaデータ
- ニュース記事: 数千万件のニュース記事
このデータ量は、人間が一生かけて読める量の数万倍から数十万倍に相当します。
■次の単語予測タスク
事前学習の基本的なタスクは 次の単語予測 です。
たとえば:
- 入力:「今日は良い天気なので」
- 予測:「散歩に行きたい」「外出したい」「洗濯物を干した」など
LLMは、この単純なタスクを数兆回繰り返すことで、言語の深いパターンを学習します。
■自己教師学習
事前学習では 自己教師学習 という手法が使われます。これは、人間が答えを教えなくても、データ自体から学習する 方法です。
たとえば:
- 従来の学習: 人間が「この文章は感情的に良い」「この文章は感情的に悪い」と一つずつ教える
- 自己教師学習: 「今日は良い天気なので」の後に「散歩に行きたい」が続く、という関係をデータから自動的に学習
要するに、LLMは大量のテキストデータから「言語の使い方」を自分で発見しているのです。
ファインチューニング(Fine-tuning)とは
次に、LLMの第2段階であるファインチューニングについて解説します。
■ファインチューニングの目的
ファインチューニング とは、事前学習で獲得した基礎能力を、特定のタスクに特化させる段階 です。
たとえば:
- 質問応答: 事前学習で身につけた言語能力を使って、質問に適切に答える能力を学習
- 文章要約: 長い文章を短く要約する能力を学習
- 翻訳: 言語間の変換能力を学習
- 対話: 人間との自然な会話能力を学習
■教師あり学習
ファインチューニングでは 教師あり学習 が使われます。これは、人間が正解を教える 学習方法です。
たとえば: 質問応答のファインチューニング:
- 入力: 「太郎は何歳ですか?」
- 正解: 「太郎は25歳です」
- LLMの回答: 「太郎は25歳です」
- 評価: 正解と一致しているので良い評価
このように、人間が用意した正解データを使って、LLMを特定のタスクに特化させます。
■少量データでの学習
ファインチューニングでは、事前学習と比べて少量のデータ で効果的な学習が可能です。
たとえば:
- 事前学習: 数百GB〜数TBのテキストデータ
- ファインチューニング: 数MB〜数GBのタスク特化データ
これは、事前学習で身につけた基礎能力を活用するためです。人間が基礎教育を受けた後、専門分野を短期間で学べるのと同じです。
転移学習の仕組み
次に、事前学習からファインチューニングへの知識転移について説明します。
■転移学習とは
転移学習 とは、一つの分野で学んだ知識を、他の分野に活用する学習方法 です。
たとえば:
- 人間: 数学の論理的思考力を、プログラミングの学習に活用
- LLM: 事前学習で学んだ言語パターンを、質問応答タスクに活用
LLMの2段階学習は、この転移学習の典型的な例です。
■知識の階層化
事前学習では、階層的な知識 が獲得されます。
たとえば:
- 低レベル: 「文字」「単語」「文法」のパターン
- 中レベル: 「文章構造」「文脈」「意味」のパターン
- 高レベル: 「論理」「常識」「推論」のパターン
ファインチューニングでは、これらの階層的知識を組み合わせて、特定のタスクに適応します。
■パラメータの調整
転移学習では、パラメータの調整 が重要です。
たとえば:
- 事前学習: 全てのパラメータを大きく調整
- ファインチューニング: 一部のパラメータを細かく調整
これにより、事前学習で獲得した基礎能力を保ちながら、新しい能力を追加できます。
実際の学習プロセス
次に、実際のLLMがどのように学習されるのかについて説明します。
■GPTの学習プロセス
GPT の学習プロセスを具体例として見てみましょう。
事前学習段階:
- データ収集: インターネット上の大量のテキストデータを収集
- データ処理: 低品質データの除去、重複データの削除
- トークン化: 文章をトークンに分割
- 学習: 次の単語予測タスクを数兆回実行
ファインチューニング段階:
- タスク設計: 質問応答、文章生成などのタスクを設計
- データ作成: 人間が高品質な入力-出力ペアを作成
- 学習: 教師ありデータを使って特定タスクの学習
- 評価: 人間による品質評価
■強化学習からの人間フィードバック(RLHF)
ChatGPTでは、さらに RLHF(Reinforcement Learning from Human Feedback) という技術が使われています。
たとえば:
- LLMの回答生成: 質問に対して複数の回答を生成
- 人間の評価: 評価者が「どの回答が良いか」を判定
- 学習: 人間が好む回答を生成するように学習
- 改善: より人間らしい自然な回答ができるように改善
この結果、ChatGPTは人間の好みに合った自然な応答ができるようになりました。
■継続的な改善
LLMの学習は 継続的な改善プロセス です。
たとえば:
- 新しいデータの追加: 最新の情報を学習データに追加
- フィードバックの活用: ユーザーからのフィードバックを学習に活用
- モデルの更新: 定期的にモデルを更新して性能を向上
これにより、LLMは常に進化し続けています。
事前学習の重要性
最後に、なぜ事前学習が重要なのかについて解説します。
■汎用的な能力の獲得
事前学習により、LLMは 汎用的な言語能力 を獲得します。
たとえば:
- 語彙理解: 数十万語の語彙とその意味
- 文法理解: 複雑な文法構造の理解
- 常識: 世界に関する基本的な知識
- 推論: 論理的な推論能力
これらの能力は、様々なタスクの基盤となります。
■効率的な学習
事前学習により、新しいタスクの学習が効率的 になります。
たとえば:
- 事前学習なし: 翻訳タスクを一から学習→数ヶ月必要
- 事前学習あり: 基礎能力を活用して翻訳を学習→数日で完了
要するに、事前学習は「言語の基礎体力」を向上させ、新しいタスクへの適応を高速化するのです。
■少数データでの学習
事前学習により、少数のデータでも効果的な学習 が可能になります。
たとえば:
- 医療分野: 限られた医療データでも、一般的な言語能力を活用して高精度な診断支援システムを構築
- 法律分野: 法律文書の少数例から、法律相談システムを構築
これは、専門分野でデータが限られている場合に特に重要です。
まとめ
LLMの学習は、事前学習で汎用的な言語能力を獲得し、ファインチューニングで特定のタスクに特化するという2段階のプロセスです。これは人間の基礎教育から専門教育への流れと似ており、転移学習の原理を活用した効率的な学習方法です。事前学習により獲得した基礎能力が、様々なタスクへの適応を可能にし、現在のLLMの高い性能を支えています。
要するに、LLMの学習は「広く浅く基礎を学び、その後に深く専門性を身につける」という、人間と同じような段階的学習プロセスなのです。
次回の記事では、LLMを実際に活用するためのテクニック「プロンプトエンジニアリング」について、上手な質問の仕方とコツを詳しく解説していきます。