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LLMの脳:Transformerアーキテクチャ

2025年7月8日
TransformerアーキテクチャLLMエンコーダーデコーダー並列処理

「なぜLLMは革命的だったのか?」「ChatGPTが他のAIと比べて何が違うのか?」その答えは Transformer という技術にあります。Transformerは、現在のほぼ全てのLLMの基盤となっている革新的なアーキテクチャです。この記事では、Transformerがなぜ画期的だったのか、どのような仕組みで動いているのかを、建築の設計図に例えながら分かりやすく解説します。

Transformerが革命的だった理由

はじめに、Transformerがなぜ革命的だったのかについて紹介します。

従来のAIの問題点

Transformerが登場する前のAIは、RNN(Recurrent Neural Network) という技術を使っていました。RNNは、文章を 一文字ずつ順番に処理 する方法でした。

たとえば: 「今日は良い天気です」という文章を処理する場合:

  1. 「今」を処理
  2. 「日」を処理(「今」の結果を引き継ぐ)
  3. 「は」を処理(「今日」の結果を引き継ぐ)
  4. 「良」を処理(「今日は」の結果を引き継ぐ)
  5. ...と続く

この方法では、長い文章になると最初の部分を忘れてしまう という問題がありました。また、一文字ずつ処理するため時間がかかる という欠点もありました。

Transformerの革新

Transformer は、これらの問題を一気に解決した革新的な技術です。最大の特徴は 並列処理Attention機構 の組み合わせです。

たとえば: 「今日は良い天気です」という文章を処理する場合:

  • 全ての文字を 同時に 処理
  • 各文字が他の全ての文字との関係を 同時に 計算
  • 重要な関係(「今日」と「天気」の関係など)を 自動的に 発見

要するに、Transformerは「一文字ずつ順番に読む」のではなく、「文章全体を一度に理解する」ことができるようになったのです。

処理速度の向上

並列処理により、処理速度が劇的に向上 しました。

たとえば

  • RNN: 10文字の文章を処理するのに10回の処理が必要
  • Transformer: 10文字の文章を1回の処理で完了

これは、従来の「一人で10個の作業を順番に行う」から「10人で10個の作業を同時に行う」ように変わったと考えることができます。

Transformerの基本構造

次に、Transformerの基本的な構造について説明します。

エンコーダーとデコーダー

Transformerは、エンコーダーデコーダー という2つの主要部分から構成されています。これは、人間の「理解」と「表現」の過程に似ています。

エンコーダー:「入力された文章を理解する部分」 デコーダー:「理解した内容を基に新しい文章を生成する部分」

たとえば: 機械翻訳の場合:

  • エンコーダー: 日本語の「こんにちは」を理解
  • デコーダー: 理解した内容を基に英語の「Hello」を生成

エンコーダーの役割

エンコーダー は、入力された文章を 深く理解 するための部分です。複数のレイヤー(層)から構成されており、各レイヤーでより深い理解を行います。

たとえば: 「太郎は図書館で本を読んだ」という文章の場合:

  • 第1レイヤー: 各単語の基本的な意味を理解
  • 第2レイヤー: 単語間の関係(「太郎が読んだ」「図書館で読んだ」)を理解
  • 第3レイヤー: 文章全体の意味(「太郎の読書行動」)を理解

各レイヤーで段階的に理解を深めることで、文章の複雑な意味を正確に把握できます。

デコーダーの役割

デコーダー は、エンコーダーで理解した内容を基に、新しい文章を生成 する部分です。

たとえば: 質問応答の場合:

  • 入力: 「太郎は何をしましたか?」
  • エンコーダー: 質問の意味を理解
  • デコーダー: 「太郎は本を読みました」という回答を生成

デコーダーは、一つの単語を生成するたびに、これまでに生成した単語と元の文章の両方を参考にして、最適な次の単語を決定します。

Attention機構の統合

次に、TransformerでのAttention機構の役割について解説します。

Self-Attentionの活用

Transformerのエンコーダーとデコーダーの両方で、Self-Attention が重要な役割を果たしています。

エンコーダーでのSelf-Attention: 「太郎は図書館で本を読んだ」という文章で:

  • 「太郎」と「読んだ」の関係(誰が読んだか)
  • 「図書館で」と「読んだ」の関係(どこで読んだか)
  • 「本を」と「読んだ」の関係(何を読んだか)

これらの関係を同時に分析し、文章の構造を理解します。

デコーダーでのSelf-Attention: 「太郎は本を」まで生成した時点で:

  • 「太郎」「は」「本」「を」の関係を分析
  • 次に来る適切な単語(「読んだ」)を予測

Cross-Attentionの仕組み

デコーダーでは、Cross-Attention という仕組みも使われます。これは、生成中の文章とエンコーダーで理解した元の文章の間の関係 を分析する技術です。

たとえば: 質問:「太郎は図書館で何をしましたか?」 回答生成中:「太郎は」

この時点で、Cross-Attentionは以下を分析します:

  • 生成中の「太郎は」が、質問の「太郎は図書館で」の部分と関連
  • 「何をしましたか」の部分により注意を向けて、適切な動詞を生成

位置エンコーディング

Transformerでは、位置エンコーディング という技術も使われています。これは、単語の順序情報 を表現する技術です。

たとえば: 「太郎は花子を見た」と「花子は太郎を見た」は、同じ単語を使っていますが意味が異なります。位置エンコーディングにより、Transformerは単語の順序を正しく理解できます。

要するに、位置エンコーディングは「文章の中でのそれぞれの単語の位置」をTransformerに教える技術なのです。

実際の動作プロセス

次に、Transformerが実際にどのように動作するのかについて説明します。

入力処理

入力処理 では、文章をTransformerが理解できる形に変換します。

たとえば: 「今日は良い天気です」という文章の場合:

  1. トークン化: 「今日」「は」「良い」「天気」「です」に分割
  2. 数値化: 各トークンを数値に変換
  3. 位置エンコーディング: 各トークンの位置情報を追加
  4. 埋め込み: 各トークンを高次元のベクトルに変換

エンコーダー処理

エンコーダー処理 では、複数のレイヤーで段階的に理解を深めます。

たとえば: 各レイヤーで以下の処理を行います:

  1. Self-Attention: 各トークン間の関係を分析
  2. Feed Forward: 各トークンの特徴を強化
  3. 正規化: 処理結果を調整
  4. 残差接続: 前の層の情報を保持

この処理を6〜12回繰り返すことで、文章の深い理解を得ます。

デコーダー処理

デコーダー処理 では、理解した内容を基に新しい文章を生成します。

たとえば: 質問「今日の天気は?」に対して:

  1. Masked Self-Attention: 生成済みの部分の関係を分析
  2. Cross-Attention: 質問との関係を分析
  3. Feed Forward: 次の単語の候補を計算
  4. 確率計算: 各候補の確率を計算
  5. 単語選択: 最適な単語を選択

この処理を繰り返して、「今日は良い天気です」という回答を生成します。

並列処理の効果

最後に、Transformerの並列処理がもたらす効果について解説します。

学習効率の向上

並列処理により、学習効率が劇的に向上 しました。

たとえば

  • 従来のRNN: 文章を順番に処理するため、長い文章の学習に時間がかかる
  • Transformer: 文章全体を同時に処理するため、短時間で効率的な学習が可能

この結果、より大きなデータセットを使って、より高性能なモデルを学習できるようになりました。

スケーラビリティ

Transformerは スケーラビリティ に優れています。これは、計算資源を増やすことで、より高性能なモデルを作りやすいという特徴です。

たとえば

  • 小規模: 6層のTransformerで基本的な文章理解
  • 中規模: 12層のTransformerでより高度な理解
  • 大規模: 24層以上のTransformerで人間レベルの理解

計算資源に応じて、適切なサイズのモデルを選択できます。

汎用性の向上

Transformerは 汎用性 も高く、様々なタスクに応用できます。

たとえば

  • 機械翻訳: 言語間の変換
  • 文章要約: 長い文章の要約
  • 質問応答: 質問に対する回答生成
  • 文章生成: 創作文章の生成

同じTransformerアーキテクチャを使って、これらの様々なタスクを高精度で実行できます。

GPTとTransformerの関係

次に、GPTとTransformerの関係について説明します。

GPTはTransformerの一部

GPT(Generative Pre-trained Transformer) は、Transformerの デコーダー部分のみ を使用した設計です。

たとえば

  • 完全なTransformer: エンコーダー + デコーダー
  • GPT: デコーダーのみ

GPTは「文章生成」に特化することで、高品質な文章を生成できるようになりました。

Decoder-Onlyアーキテクチャ

GPTの Decoder-Onlyアーキテクチャ は、以下の特徴を持ちます:

たとえば

  • 入力: 「今日は良い天気なので」
  • 処理: この文章の続きを予測
  • 出力: 「散歩に行きたいと思います」

このように、「文章の続きを予測する」ことに特化した設計になっています。

事前学習の重要性

GPTでは 事前学習 が重要な役割を果たします。

たとえば

  1. 事前学習: 大量のテキストデータで「文章の続きを予測する」タスクを学習
  2. ファインチューニング: 特定のタスク(質問応答など)に適応
  3. 実用化: ChatGPTのような実際のサービスで使用

事前学習により、GPTは汎用的な言語理解能力を獲得します。

まとめ

Transformerアーキテクチャは、並列処理とAttention機構の組み合わせによって、従来のAIが抱えていた問題を一気に解決した革命的な技術です。エンコーダーとデコーダーの協調により、文章の深い理解と高品質な生成を実現しています。GPTのようなモデルは、このTransformerの一部を特化させることで、更なる高性能を達成しています。

要するに、Transformerは「LLMの基盤技術」であり、現在のAI革命を支える核心的なアーキテクチャなのです。

次回の記事では、Transformerを使ったLLMがどのように学習されるのか、「事前学習とファインチューニング」の2段階学習プロセスについて詳しく解説していきます。